射和町の文化財Cultural Resource

刀 銘荘司筑前大掾藤直胤、
薙刀 銘大慶直胤、
脇差 銘七十八翁藤直胤

概要

各1口/江戸時代/射和町 個人
県指定 有形文化財(工芸品) (昭和57年5月24日)

 いずれも江戸下谷御徒町(したやおかちまち)の刀工大慶直胤(たいけいなおたね) の作品で、直胤は江戸時代後期を代表する刀匠の一人。復古刀を製作した水心子正秀(すいしんしまさひで) 門下で、名声が上がり、江戸を始め京、大坂、伊勢、遠州、三河など各地で享和から安政ごろにかけて50年間鍛刀を行いました。

刀……銘 荘司筑前大掾藤直胤(花押) 弘化四年八月吉日 応竹川緑麿需作之
長さ70cm。反り2.1cm。鎬造、庵棟、備前伝打ち。地鉄の鍛えは小板目で、映りが盛んに出ています。刃文は互の目に足入り、逆丁字交じりで、刃縁は冴えている。帽子は乱れこんで小丸に返っていて、目釘穴は2個半。附の拵は半巻半太刀造で、鐔は鉄透かし、目貫は古美濃、縁頭は赤銅無地。江戸時代も末期に近い弘化4年(1847)の銘があり、射和文庫の創設者・竹川竹斎(緑麿)が鍛造を頼んだ旨が記されています。

薙刀……銘 大慶直胤(花押) 文化七年重陽日依竹川政信需作之
長さ38.7㎝、反り2.8㎝。両刃造であるが、錆のため地刃は不明。茎に目釘穴が1個、三ヶ月の刻印もあり。附の拵は黒漆塗りです。文化7年(1810)の注文打ち。銘に見える竹川政信は竹斎の父で、竹川氏が父子の代にわたって大慶直胤に作刀を依頼していることがわかります。

脇差……銘 七十八翁藤直胤(花押) 安政二年十一月日 応竹川緑磨呂需作之(刻印)
長さ31.5㎝、反り0.6㎝。平造、庵棟で、相州伝打ち。鍛えは小板目で、刃文は大乱れ。帽子は火焔、茎は大筋違化粧鑢で、目釘穴が1個。附の拵は黒漆の変り塗りという手法で作られたもので、金具には銘はなく、雷真鍮平象嵌の根に笹文が散らされたものです。江戸末期の安政2年(1855)、竹斎の注文打ちです。